ドサッ ドサッ

「う・・・」

目を開けると、薄暗闇が広がっていた。
光源は天井からぶら下がった懐中電灯ひとつだけ。
重い上半身を起こしたところでバルチャーが気がついた。

「ヒャクヒ、おはよう」

「時間は・・・」

「午前5時です」

ラ・ア・ブラーゲが砂袋をどかしながら言う。
そうだ・・・。朧げに記憶を辿る。
俺はアタッシャーズに閉じ込められた。
食料はあるものの脱出の目処はついていない。

「今日じゅうにそれらをお飲みになって下さい」

牛乳パックとヨーグルトが床に置いてある。
冷蔵庫がないこの状況では、保存の利かない飲食物を先に食べるしかない。

「明かりをくれ」

「どうぞ」

大量に置かれた懐中電灯からひとつ渡される。
洗面台つきのトイレが見つかった。
蛇口を捻ると水が流れる。見たところ変色はしていない。

「まず砂を片付けないとな」

朝食を食べたら砂が入った特大の袋を片付ける事にしよう。


ドサッ ドサッ

次の日。また暗闇の中で目が覚める。

「おはようございます。マスター」

ラ・ア・ブラーゲの声が暗闇に響いた。俺はペットボトルに水を入れる。
しまった。火がない。
この密室ではあったとしても点ける事はできないか・・・。
仕方なく、冷たい麺をすする。
その後の撤去作業で問題が起きた。
砂はカプセルの中に押し込めたが、次にガレキが現れたからだ。
崩れてくる危険性があるので俺は手を出せない。
作業はペースを落としながら続いた。


ガシャン

音がして目が覚める。
ラ・ア・ブラーゲが倒れたのが見えた。
ガレキは半分以上片付いていた。崩れ落ちる可能性は昨日より低い。

「もういい。お前は休んでいろ」

返事はない。音声を出力するエネルギーすら残さず動いていたのか。
バルチャーに視線を移すとがうなだれているのがわかった。

「ボクが持てない物は持ってくれてたから・・・」

「お前はまだ動けるのか?」

「もうちょっとなら平気そう」

「後少しだ。俺も動く。全員でここから出るんだ」

全員で。
自分で口にした言葉が信じられず動きが止まる。相手はメダロットなのに。

ガラ ゴト

「黙っていた事がある」

「えっ?」

残りわずかなガレキを転がす。
時間がわからないが食欲はない。

「お前が来てから思ってもないことを口に出すようになった。
メダロットはただの機械。気がかりは自分の身だけ。
それなのにさっきは、まるでお前たちが人間であるかのように話してしまっていた」

メダロットの命など気にした事はない。
命と呼ぶに相応しくない。命令通り動く機械。それがメダロット。
他の機械より誤作動を起こす可能性が高いという欠陥さえある。

「それなのに・・・」

ガラ ガラ ゴト

なぜ俺は必死にガレキをどかしている?
閉塞的な空間にいたせいで気がおかしくなってるのか?
それとも・・・。
転がっているラ・ア・ゲダマーを見やる。
あいつは俺の指示通りに限界まで脱出路を掘り進めた。
命令に従っただけだ。それだけのこと。
それなのに、あいつを見ると必死にならずにはいられない。

「早く脱出して元に戻らなきゃならない。
俺は、メダロットの事など決して気にしない」

そう決めたはずだ。事故があった日に。

「あの時・・・。銀色の車が走ってきた」

声がした。俺の声じゃない。バルチャーの声が。
あの日の光景が頭に蘇る。
どこにでもある何の変哲もないシルバーの車。
メダロットに突き飛ばされたあいつ。
一瞬の出来事だったが、最後に俺を見たような気がした。

「事故の原因は車にぶつかったからじゃない。
メダロットにぶつかられたからっていうのもちょっと違う。
跳ねられる前から様子がおかしかった」

こいつにはあの事故のことは一切話してないはずだ。
ラ・ア・ゲダマーが許可なく話すはずもない。
知るはずがない事をこいつは知っている。

「まるで、あの場所に居合わせたような事を・・・」

「ボクも言えなかった事があるんだ」

ゴトン

バルチャーはガレキを置く。
それから長い間が空いて話が続いた。

「カナダから来たって言ったけど、その前はアメリカにいた。
野菜畑の中に落ちてたんだって。
そこで拾ってくれた人にボディをもらって働くようになって。
途中からカナダのお仕事を紹介してもらって場所を変えた。
それから時間がかかったけど何とか戻ってこれたんだ。
ボクが事故に遭ったあの場所に」

最後の言葉が聞き取れなかった。
聞き直す暇を与えずにバルチャーは話し続ける。

「あの日は朝からぼーっとしてて。
だからいつもと違う時間に散歩に行きたくなったんだ。
メダロットがボクに近づいた時、体が熱くなった。
跳んだみたいに軽くなって車が向かってくるのがわかって。
ヒャクヒがこっちを向いて目を大きく開いてたのが最後に見えた」

言ってる事を飲み込むのに時間がかかる。
数十秒経ってから、俺は考えをまとめながら聞き返した。

「つまり・・・。
お前はあの日、事故の現場にいた。
お前は、俺が飼っていた犬だった。
メダロットにぶつかって意識が外国へ飛ばされた。こういうことか?」

「うん。でも自分の名前だけは・・・。思い出せなくて。
だから言い出せなかった。本当は違うのかもしれないから・・・」

バルチャーが自信なさげに作業の手を止める。
にわかには信じられない事実を打ち明けられた。
俺もこの事実を受け止め切れる自信がない。
何より・・・。

「メダロットがお前の命を繋いだだって・・・?」

うわ言のように呟く。
胸の内にあった憎しみが消えていくのを実感する。
そして、新たに喜びが沸き上がってきた。

「お前、レックなのか?」

「レック・・・。うん。ボクはレックだ!思い出した!」

バルチャーは言った。いや、レックはそう頷いた。
俺は気がつくと、レックを抱きしめていた。

「ヒャクヒ、遅くなってごめん。ただいま」

目に浮かんだ涙をレックに見られないよう、ぐっと堪えてガレキに向き直る。

「積もる話はここを出てからにするぞ、レック!」

「うん!」

目の前に塞がるガレキは、もう無いも同然だった。

 

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