夜、塾から帰ってくるなり母さんはオレを呼び止めた。
玄関に上がるといつものように確認の嵐が始まる。

「おかえりタダシ。塾はどうだった?」

「フツー」

「宿題はやったの?学校と塾の?」

「後でやるよ」

「学校は楽しい?お友達はできた?」

「まあまあ」

「そう。お父さんは先に帰ってるのよ」

父さんは居間でテレビを見ていた。
見るのは決まってニュースか野球、あと映画。
『バッターアウト、チェンジ!』

「おぉ、タダシおかえり。塾はどうだった?」

今日は野球だった。今日も、おかえりを言いそびれた。

「父さん、仕事お疲れ様。オレ塾に忘れ物したから取ってくるよ」

「またなの!?この子ったら、忘れっぽいんだから・・・」

「はは、いいじゃないか母さん。学校じゃまだ一度も忘れてないんだろ?」

「だからってねえ・・・」

バタン

家のドアを閉めて深呼吸した。
空気が冷たくて気持ちいい。

「ふうっ。やっと自由時間だ」

時刻は20時。さあ、夜の散歩に出かけよう。


この町にはゲームセンターが多い。
骨董品屋も多い。学校では伝統工芸品って習ったっけな。
壺屋を左に曲がると大きめの建物が見えてくる。
名前はメダプレイズパーク。メダロットのゲームばかり置いてる店だ。
よく遊びに来る奴らの間じゃ『メダ遊』で通ってる。

ギィ

ドアを引いて中に入る。オレはこの感覚が妙に好き。
店内はいつものようにうるさい。音楽とゲームの駆動音だらけ。
騒音の中で一際大きく聞こえる話し声。

「はあー!?やめちゃえ、そんなバイト!」

後ろから見ると裸かと勘違いしそうなほど薄着のねーちゃん。
クレーンゲームの前で大声出しながら電話していた。
このねーちゃんはよくこのゲーセンで見かける。
いつも制服か、今みたいな露出の多い服のどっちか。
オレと同じくメダ遊に入り浸ってる常連客だ。

ガシ ピッ

「あっ。何すんだこのオヤジ!」

「毎度うるせーんだよ。ガキは帰って寝ろ!」

赤い帽子を被ったオジサンがねーちゃんのケータイを取り上げて切った。
このオジサンも上の階から降りてきてよくすれ違う。
いつもこっちを睨みつけて去っていく、オレの苦手なオジサン。

「ふざけんなよ!ウチのケータイ返せ!」

「こんなもんがあるからいかんのだ。
壊しちまえばもうバカなことはしないだろ」

「ちょ、冗談でしょ?やめろってば!」

背が高いねーちゃんと小さめのオジサン。
どうやって取られたのかよく見とけばよかった。

「どうするか・・・。ま、床に叩きつければ割れるか」

「やめろバカオヤジ!やめて!」

どーも雲行きが怪しくなってきた。
周りの客も店員も反応なし。仕方ない。

「オジサンやりすぎ。ねーちゃんも電話やめろよ、うるさすぎ」

我ながらいいタイミング。間に入られたふたりはじっとオレを見てる。
オジサンのケータイを持つ手が止まってねーちゃんが取り返した。
めでたしめでたし。

「なによ。アンタどっちの味方なわけ?」

「とりあえずお前ら、表に出ろ」

「おっと・・・」

マズった。三者一両損のつもりが、火に油を注ぐ結果になった。
オレを店の外に連れ出すねーちゃんとオジサン。
オジサンがまず怒鳴り始めた。

「ずっと前からお前らは迷惑だったんだ。今日こそケリをつけようぜ」

ねーちゃんも負けないデカさの声で怒鳴り返す。

「いーよ。オジサン、いつも鬱陶しいと思ってたんだよね!そうでしょ!?」

ねーちゃんがこっちを向いた。オレに同意を求めてるらしい。

「いや、どっちもうるさいって」

正直な感想を言ったら、ふたりとも顔が真っ赤になった。
これも逆効果だったらしい。

「全員でゲーム勝負だ!」

「望むところよ!」

「あー・・・まさかオレも?」

全員、って言葉が気にかかって訊いてみた。

「当然だ!」

「当たり前でしょ!」

ふたりともオレを見下ろして店内に入ってく。訊かなきゃよかった。
オレは嫌々ドアノブに手をかけた。

 

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