データを記載した用紙をファイルに入れてデスクの中にしまう。
背を伸ばしても眠気が取れない。

「日取りは・・・」

ぎっしり詰まった紙束から新たな用紙を取り出しながら研究室を出た。
起動実験室は一番下の階。地下3Fにある。

「ミジュウ博士。週末の件でお話が」

歩いている途中で研究員に呼び止められた。
未柔恊凪(ミジュウキョウナ)とはわたしのこと。
このベッコー研究所でメダロットの研究・開発に携わっている。
小さいけれど町には唯一の研究所。

「今週末?パーツについては一通り・・・」

「そうではなく。完成記念パーティのことですよ!」

新作メダロットの発表会までまだ先。
予想より早く完成したことでわたしを含む研究員に休暇期間が生まれた。
それ自体は喜ばしいこと。しかし、わたしは落ち着かない。

「動作確認テストが終わってから考えます」

「・・・真面目だなぁ」

すれ違った後から声が聞こえてきた。
研究所では頭脳と骨格。メダル・ティンペットの分野の研究はしていない。
肉体の役割を果たすパーツ一点のみを開発している。
それ一本でやっているからこそコケればどうしようもなくなってしまう。
神経質すぎると自覚はしているものの、わたしは何度も確認する。
問題があれば早期に発見しなければならない。


休憩室に入るとテレビが点けっぱなしにされていた。
誰もいないにも関わらず。節電を心がけているわたしはリモコンを手に取った。
『・・・大型の台風は勢力を強めながら北上中。
今夜は戸締まりをしっかりとし外に出ないよう・・・』
電源を切ろうとする手が止まる。
台風はこの町を横切る進路を取っている。間違いなく直撃。

プツン

「ひービショぬれ。こりゃあ泊まり決定だ」

廊下に声が響く。今いる全員が帰れないもよう。
誰ひとりとして気づかなかったことに驚き、呆れてしまった。
研究所に篭っていると重大なニュースを逃しがち。
警備員の方々が知らせてくれることもあるけれど絶対じゃない。
階段を降りながら今夜の予定を考えていた、その時だった。

ジリリリリリリリリリリリ

警報が鳴る。足を止めた。何が起きたというの。
次いで響き渡る放送が耳に突き刺さる。

「こちら監視室。非常事態!侵入者です!地下3Fの実験室に何者かが侵入!
研究員の皆さんはすぐに地上へと避難して下さい!」

耳を疑った。侵入者。こんな片田舎の研究所に。
それも地下実験室。試作機が危ない!
危険を顧みることなくわたしは地下へと急いだ。


ガシャーン

地下3Fに降りると同時に奥から物音が聞こえた。
奥には起動実験室しかない。最悪の事態が頭をよぎる。
角を曲がると人影が。確認する前に、非常用の隔壁が視界を覆う。
警備の方の判断に違いない。侵入者を閉じ込めるつもり?
試作機の安全は・・・。

ギギギギギギギギギギ

耳が痛い。聞き慣れない金属的な騒音。
胸騒ぎがする。後ずさると隔壁に穴が空くのが見えた。
徐々に広がる穴はやがて人が簡単に通れる大きさに。
身を屈めて乗り越えるのは大男。側にはメダロットがいた。
1体、2体。試作機が通る。3体、4体・・・。

「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

野獣のように吠える男の大声に腰を抜かす。
べしゃりと尻餅をつく。べしゃり?
廊下には水。奥の天井では蛍光灯が割れていた。
事態を呑み込めないまま男たちが通りすぎるのをただ見つめる。
色黒な大男は顔を隠しもせず、雨に濡れた髪から水滴を垂らして。
途切れ途切れの光に筋肉質な体を照らされながらわたしとすれ違う。

「誰なの・・・」

ようやく絞り出した言葉に大男は嬉しそうに喉を鳴らして笑い。
担いだ機械を再び隔壁に向けた。大きな機械。
形からドリルだとわかった。それを起動させる。

ギギギギギギギギギギギギギギ

大きく空いた穴をまたぎながら大男は口を開く。

「ハッカー!」

わたしにはそう聞こえた。

 

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