「ウン、いつもの場所で」

「お前テストどうだった?」

「えーはい。もうすぐ電車に乗ります」

「手、手」

「はははは!ありえねー」

「聞こえないが掴んでいるぞ」

「え!まだ家出てないの?」

われわれは駅構内を抜けて駅前に辿り着く。
今日は日曜日。駅の周辺は人でごった返している。
話し声。足音。電子音。電車の走行音。動物の鳴き声。
駅の中よりは外のほうがいくらか静かだと考えたが甘かったようだ。
ここでは助けを求める声を聞き分けるのは困難極まりない。
路面電車の停車駅まで離れるとようやく人ごみが少なくなってきた。
目当ては周辺一帯の地図だ。併設された大きな地図を眺める。

「川から離れて、こう歩いてきたことになる」

指で地図をなぞる。入り組んだ土地なのでかなり迷った。
歩いてきた反対側にまた別の川が流れているらしい。
このまま進めばまた川に差しかかることだろう。

「また川で何かあるかな。ここ来てから、色んな人たちと会った」

「ビラに手こずらされたのが遠い昔のようだ」

「また行こう。ボトムフラッシュのところにも」

「週末にでも行くとしようか」

ふといい匂いに背筋を正す。これは、まさか。
真後ろを風船と買い物袋を持った女性が通りすぎる。
鼻歌に混じって鼻をくすぐる香ばしい香り。間違いない。

「唐揚げの安売り。急がなければ」

彼女が歩いてきたのは踏切の向こう。
他にもちらほら風船を持った子供の姿が見受けられる。
踏切の前まで来るとスーパーが見えた。あそこか。

「待ってよー」

カンカンカン

踏切が下がり、クイスターガードが目で風船を追う。
そわそわしながらわれわれは待った。

「思えば大勢の者たちを助けたものだ」

「うん。だから風船」

「時にはわれわれが助けられることもあったが」

「うん。だから風船を」

「たまには景気よく好物を食らうのもやぶさかではないと」

「あ。風船が」

「風船がまだ残っているかどうかは・・・」

向かい側の彼方で少年が悲鳴を上げている。風船が割れてしまったらしい。
それよりも目の前にある光景に神経を集中させる。
少年が風船を離してしまったのだ。
理由は不明だが恐らく転んでしまったのだろう。
小さな背丈で踏切の下を転がっていくのが見えた。

「リンヨウ!」

踏切を強引に押し上げて線路上に入り込む。
両親らしき男女が必死の形相で走ってくるのが見えた。
彼らへ向かって少年を投げる。

ガタンガタンガタンガタン

目の前に先頭の車両が迫ってきていた。
両腕を盾にする。ダメだ。逃げられない。

キキーーーーーーーーーーーーーーーーー ドガッ

体が宙を舞う。
視界が覆われた。次に反対側へと投げ出された。
アスファルトに叩き付けられる。人体にとってあまりに固い地面だ。
不思議と痛みは感じなかった。むしろ覚えているのは。
後頭部に残るいつもの柔らかい感覚。
意識が消える前に口走った言葉を、誰かが聞き取ってくれたらしい。
『クイスターガード』と。そう呟いていたそうだ。


「ボクが庇ってなかったら死んでたよ。リンヨウ」

手術後、約1ヶ月。
未だ入院中の身に何度目かも覚えていない言葉が投げかけられた。

「聞こえているぞ、クイスターガード。
君の全身の修理が終わったばかりだということも」

目撃者らに聞いた話では。
少し遅れて彼が電車に轢かれ、ふたりとも吹き飛ばされて。
同じように全身を強打したそうだ。
お互いメダルとティンペット、脳と心臓は無事だと医師らは言った。

「寝ているだけで人がやって来るというのは新鮮ではないか」

「保険に入ってなかったらごはん食べられなくなってたって言ってた」

どれだけの者を助けても、いざとなれば助けられるのはわれわれのほう。
今回でそのことが身に染みた。主に、傷口に。

「点滴を取り替えますよ」

窓に身を乗り上げる姿を看護士に目撃された。急いで落下。
辛うじて動く左手に装着したメダロッチのボタンを押す。

「ちょっと!ここは2階ですよ!」

ジジジジジ ぼふっ

転送したクイスターガードに受け止めてもらう。
変わらない柔らかさ。修理のかいがあったというものだ。
見上げると看護士が腰を抜かしていた。

「たすけてー」

助けを求める声が聞こえてわれわれは動き出す。
松葉杖は前もって拝借しているが。彼に支えられながら。

「急ぐのだ。われわれに休んでいる時間などない」

「重いよ。よりかかりすぎ」

われわれは助けを求める者を決して逃しはしない。

 

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