川沿いの道を歩く。
整備された道ではない。すぐ隣には川が流れている。
この街で歩ける場所は限られているのだ。

ガタンゴトン

電車が通る音を聞きながら歩いていると踏切が見えてきた。
上がるのを見計らって誰かが横断している。
ペンギン型のメダロットだ。われわれは思わず呼び止める。

「君はわれわれが知っているピンゲンか?」

「リン?それじゃ・・・」

「ピンゲン!」

「クー。久しぶり!よくわかったねー」

ピンゲンの肩を押してみるとバランスを取ろうと右に動く。

「左に傾くクセは直ってないな」

「そういうこと?よく覚えてたね、そんなの。
どうしたのふたりとも。川なんか眺めちゃって」

立ち話。いや、彼らは浮き話だろうか。
遊園地を出てからのことをお互いに話始めた。

「びっくりしたよね。急に閉園します、だもん」

「ボクらはなんとなくわかってたけど」

「そのボディ、前とは違うようだが」

「今はペンタッチンよ」

カラーリングもパーツの形も違っている。
いくつか話を続けた。われわれは貯金を切り崩して生活していること。
彼女は水族館で働いているということ。
われわれに働き口を紹介してくれると言ってくれたが断った。

「いーから来てみてよ。近くだから。ほらあっち」

「引くか押すかどちらかだけにしてくれないだろうか」

ペンタッチンに押されながらクイスターガードに引っ張られて。
橋のむこうの水族館へと場所を移した。


チケットを購入して入館する。安くはない。
ペンタッチンは当然ながらタダだ。少々羨ましく感じた。

「いらっしゃいませー。ペンタッチン、休憩終わり?」

「ショーまであとちょっとだからねー」

受付嬢と挨拶をしながら奥の広場へと案内される。
広場のさらにその奥には階段状の観客席と広いプールが見えた。

「ペンタッチンがショーに出るの?」

「そ。パートナーと一緒に」

そそくさと裏口に行く彼女を見送ってわれわれは前の席に収まった。
パートナー。メダロッターのことだろうか。
彼女は野良からのスカウトだった。
仮のメダロッターとも離ればなれになったはずだが・・・。

「あれあれ」

クイスターガードが指を差す。
やがて姿を現した彼女。マイクを手に取り、観客を歓迎した。

「本日はようこそ。わたくしペンタッチンと。
パートナーのミーアの自由遊泳をご覧あれ!」

ザッパーン

ペンタッチンが水中に飛び込むとイルカが彼女をすくいあげる。
背に乗った彼女は楽しそうに泳ぎ、跳び、あるいは観客に近寄って。
水しぶきに紛れた彼女らは輝いていた。

「どう?あたしたち、やるもんでしょ」

「すっごいかっこよかった!」

ショーが終わり裏口で再会する。
興奮が抑え切れないクイスターガードと話すペンタッチン。

「リンヨウはどう?水かけたの怒ってるとか?」

「ショーは素晴らしかった。ペンタッチン。
しかし君は隠しごとをしているのではないか?」

彼女はこれみよがしに後ずさる。オーバーリアクションも健在のようだ。
見つめ続けると観念したように話し始めた。

「また、よくわかったね」

「元気の塊たる君が一瞬とてうなだれるはずもないだろう」

「見られてたか。そう、ご明察。実はね」

案内された先の倉庫には古いボディ。見覚えがあるタイプが置かれていた。
彼女は入館以来ずっと新しいボディを使い続けてきたが。
古い体でショーに出たいそうだ。もう壊れてしまっているボディで。

「話はわかった。われわれに任せたまえ。期限は・・・」

「明日の昼前の公演までだよね。じゃ!」

四の五の言いかける彼女を取り残してわれわれは走る。脇目も振らず。
新しいパーツを買い揃えることはできない。ならば方法はひとつだけ。


「人の話を聞かないなぁ相変わらず」

控え室で座りながらあのふたりを待つ。
会わない間に行動力が上がりすぎたように感じる。
昔から困りごとにはよく相談に乗ってくれていたけど。
日常的に人助けをしてると彼らは言っていた。
気持ちだけでいい。そう伝えなきゃ。

「無くした右目を呼びつけないでくれ。
彼は涙の跡を見逃しはしない。
われわれが代わりを務めてみせよう。
望遠鏡の瞳を持つ男、このリンヨウが悩みを解決しにきたぞ」

「・・・ナニソレ。リンが考えたの?」

「ボクもいっしょに考えたよ」

「そ、そう」

ふたりがボディを持ってやってくる。
細工をしてあるのか、ところどころ見慣れないパーツが追加されていた。
本気?そう言いかける前にふたりは矢継ぎ早に説明し始める。

「このボディは古いが頭部と胸部がまだ動く。
それを利用して以下の構造を追加した。クイスターガード」

「うん。頭部を90度左に曲げると両腕が閉じる。
胸部を上向きにそらすとファンが回る」

「と、いうことだ。急いで乗り換えるのだ」

ボディにメダルがセットされる。古い体。懐かしい感覚。
きれいに塗り直されたパーツを見ると、断る気力がなくなってしまった。

「もう。こんなの、やるしかないじゃない!」

ショーまで30分とちょっと。とにかく、少しでも練習を。


「ようこそイルカショーへ。本日はわたくし、装いを変えてみました。
普段と違う泳ぎをどうぞご覧あれ!」

係員が異変に気づいたようだ。われわれは呼び止めて事情を説明する。
館長に知られるのはもう少しだけ後でいい。
彼女らに水をさしても無駄なことだ。既に水まみれなのだから。
遊泳が始まる。イルカにうまく乗るのはまず成功しているようだ。
アドリブだろうか?昨日の演技とは微妙に違う。
特に背面ジャンプが印象に残った。やがて、ショーは終盤へさしかかる。
高い位置にある輪を連続でくぐる演技のため、ふたりは水面下へ。

バシューーーー

仕込みのファンが回るのが見えた。ジグザグに泳いでいる。
パワーがありすぎるのか。昨日は同時に輪をくぐっていたが。
これではタイミングが合わない。やがて、彼女らが水面に顔を出す。

バシュッ

先に跳んだのはやはりペンタッチンだ。
輪よりもずっと高い位置で必死に手を動かしている。
健闘虚しく落下していくペンタッチン。クイスターガードは目を覆う。
しかし彼女は諦めていなかった。
イルカが遅れて跳び上がり輪を揺らしたのだ。
大きく揺れた輪はわれわれから見て横線となり、ペンタッチンが上からくぐる。
再び跳んだイルカは輪を揺らしペンタッチンは下から跳び上がる。
それを繰り返した彼女は最後にプールサイドに戻った。
荒立った水面でイルカが満足そうに鳴き、彼女は立っているマイクのもとへ。

「ご鑑賞ありがとうございました!」

ワアアアアアアアアアアア

拍手と声援が彼女たちを包み込む。むろん、われわれも参加した。


お互い頭の高さまであるチラシを渡されるわれわれ。
クイスターガードが出力低下を起こして地面に落ちている。

「これは?」

「館長からのお裾分け。言っとくけどあたしの分は抜いてあるからね」

「ティンペットが折れちゃうよ」

無断で行ったことによるお咎めにしては軽い、と言い聞かせる。
新しいボディに戻った彼女に背を向けた。

「もう行くの?館長は雇ってくれるって言ってるんだけど」

「われわれは泳げない。歓声を浴びるのは悪い気分ではないが。
感謝の言葉を聞くほうが性に合っているのだよ」

クイスターガードの分を上乗せして歩く。
まだ陽は高い。夜までに半分程度はさばけるといいのだが。
よたついたわれわれの背後でペンタッチンが叫んだ。

「ありがとー!」

「やはり、いいものだ」

「うん」

くくる物を見つけなければ。満足感の代償が風で飛ぶ前に。

 

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