ガタンガタンガタン

貨物車が鉄橋の上を通る。
橋の下にいるわれわれには振動が伝わらない。
ただし音は嫌というほど聞こえてきた。

「耳があ」

「どこにあるのか詳しく聞きたいぞ」

「ここらへん」

「そんなところに・・・」

われわれのやりとりが水面に映り、ゆがむ。
澄んではいないが光が反射しているとそれだけで目を奪われる。
生物の本能だろうか。クイスターガードは川のぼりを試みている。
メダロットも川に心を奪われるようだ。
ささいな体の相違は、人間同士にもままある。
むしろ彼らの特徴はその素直さにあると感じられた。
人間と接するうちに性格が変わりはする。
しかしそれは人間の変化と比べてゆるやかなもの。
まるでこの川の流れのように。穏やかな。

「うおお」

ザババババ

流れに逆らい前に進み続けるクイスターガード。
移り気な人間は空を見上げる。晴れやかな陽気だ。
と、誰かが路線に併設された階段から降りてくるのが見えた。
車両型メダロットだろうか。慣れない足取りで一段ずつ降りている。

「あっ」

転がるメダロット。われわれは全力で走って飛ぶ。
階段から転げ落ち、川に入るその前に。

「タアッ!」

「とおっ」

われわれは跳び、飛ぶ。
満点をつけたいほど美麗な着地をするメダロットと目が合った。
うむ。見事。

ザバーン ザブーン

大小の水柱が勢いよく吹き上がった。


「おふたりともお怪我はありませんか?」

「ふやけただけ」

頭からぼたぼた水を垂らしながらクイスターガードは言う。
実際はクリーニング代が必要な汚れっぷりなのだが、黙っておこう。

「君は潜水型かね」

「そうです。ボトムフラッシュと申します。お騒がせしてすみません」

「無事ならばいいのだ」

ところどころへこんではいるものの目立った傷はない。
ずぶ濡れのわれわれといい勝負といったところか。

「泥を落としておかなければならないな」

「はーい」

「あっ」

後ろを向くボトムフラッシュ。
われわれは頭と服にかかった手を止めた。

「失礼。だがこれは生活に関わることなのだ」

「なに?」

「わかりました。お気にせず、どうぞ」

了承してくれた。悪いように思うが、彼女もメダロット。
そのあたりの事情は察してくれているだろう。
懐から貴重品が入ったケースを抜き確認。
汚れてはいるが中身は無事のようだ。メダロッチも。

「タオルはいくつか持ってきています。よかったら」

「ありがたい」

われわれが助けられるとは。このメダロット、できる。
まとめて泥をこそぎ落としてクイスターガードを軽く叩いた。

「いつまで笑い転げているのだ」

「あははは・・・終わり?」

「仲がいいんですね」

彼女はわれわれをじっと見つめながら言った。
クイスターガードの頭部を代用パーツに転送しつつ。
濡れた服と肌、星形の頭パーツを太陽にさらす。

「君のマスターは?」

「この時間はいつも塾です。

家事も終わらせたので、帰ってくるまでここで待とうと・・・」

「暇だということかな」

「ボクたちも今日は暇だから川を見てたんだよ」

「わたしも、よく見に来るんです」

われわれは草に身を任せながら川を眺めた。
暖かさも相まって自然とあくびが出てしまう。
真似する彼とそれを見て笑う彼女。
やがて水鳥の群れがやってきた。鴨だ。
親ガモの後ろに何匹もの子ガモがつきそう。

「かわいいねえ」

「ここではあまり見ないんですよ」

和んでいるメダロットふたり組。
ぐうと腹の音が鳴る。昼食を食べていないことを思い出した。

「鶏肉が好きなのだが・・・」

「リンヨウ!ダメ!」

「食べちゃだめですよ」

「・・・うむ」

こうも一斉に止められるといささか胸が痛む。
すいすい進む親ガモと子ガモたち。
われわれの前を通るころ。後方に子ガモが1羽、取り残されているのが見えた。

ザブン

川に飛び込むボトムフラッシュ。
背中に子ガモを乗せて親ガモの近くまで泳いでいく。
速い。親ガモの隣まで連れられた子ガモは親に寄り添い。
迷うことなく泳いでいった。ボトムフラッシュが陸に上がる。
われわれは思わず拍手する。しかし、彼女は黙ったまま。

「どうしたの?」

先に訊いたのはクイスターガードだ。彼女は言う。

「たまにいるんです。ああいう子が。思わず助けましたが・・・。
また、はぐれてしまうんじゃないでしょうか。
外敵に食べられてしまうかも。わたしのしたことに、意味はあるんでしょうか」

メダロットは悩む。人間と同じように。
人間が考えることを止めてしまうことにさえ思考を巡らせる。
われわれは答える義務を感じた。真摯な彼女に対して。
われわれはそれぞれ答えた。

「あの子ガモは戻ったことを覚えてるんじゃないかな。
次にはぐれることがあったら今度は自分で戻れると思う。
今は子供だけど、大人になれば敵を追い返せるよ」

「無意味だと感じてもやるべきだ。今日、諦めたとしても。いずれまた。
われわれは、それが最も優先すべきことだと感じる」

彼女はじっと話を聞いていたが。間が空いて笑みをこぼす。
声は聞こえないが確かに、笑っているように見えた。

「おかしい?」

「すみません。おふたりの息がとても合っていたので、つい」

顔を見合わせるわれわれ。ちょうど、また腹の音が鳴った。

グー

「コンビニに行ってくるとしよう」

「その格好で、ですか?」

「ボクが行くよ」

「君らの方がよほど息が合っているようだ」

クイスターガードに小銭を渡してお使いを頼む。
彼も危うい線だがなんとかなるだろう。


「こんなところでどうしたの?」

「マスター。つい、寝てしまいまして」

自転車に乗った女の子に呼びかけられて起きるボトムフラッシュ。
隣で寝ているのはメダロットと、両腕に入れ墨が入った眼帯半裸男。

「・・・お友達?」

「はい。ついさっき、知り合ったんです」

「ふうん。それじゃ帰ろっか」

「少しだけ待ってもらえませんか?」

寝ている彼らを起こさないよう手紙を書き置き。ふたりは帰路についた。
『わたしも信じ抜ける何かを探してみます。マスターといっしょに。
ボトムフラッシュ』
ふたりは気づかずに寝続ける。
橙色の輝きに包まれて、すやすやと。

 

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