ガー ばふ

「失礼。いい頭をお持ちですな」

図書館に入った途端にクイスターガードが止まる。
ぶつかった初老の男性は紳士的に会釈して外に出て行った。
呆然としながらその場で浮いている彼を揺らす。
我に返ったクイスターガードはうわごとのように呟く。

「本にキスされた」

「おめでとう。右の棚から見てみようか」

ロボット関連の書籍が並べられた棚から見てみる。
ほどなくメダロットの棚に辿り着いた。
ロボトル指南書に始まりメダロットの問題を指摘した文書。
逆にメダロットの魅力について。あるいは教育者による丁寧な指導書。
メダロットと星座の関連性という本まで置いてある。

「決まったらあの席まで持ってくるのだぞ」

本棚をじっと見つめたまま悩んでいる彼を残して移動。
手ごろな本を手に取ると先にイスを引いた。
平日の午前中なので人気がない。
それでも来る者はいる。われわれのような。

「よいしょ」

クイスターガードがイスによじのぼる。
置かれたのはメダロットの図鑑のよう。
タイトルは『世界のマスコットメダロット図鑑2014』だ。
われわれはお互い思う存分、本に没頭し始めた。


「逆転・・・いや、回転の発想」

目じりに溜まった涙を指で拭う。この世は広い。
まさかこんな本に出会うことができるとは。
手に持った『洗濯で頂点に立った男』を棚に返すために立ち上がった。
記憶が正しければ左奥の棚から借りたはず。
イスを押し込んで歩く。同時に目が合う。破れたページを持つ少年と。

ドサッ バタバタ

遅れて奥から物音が。こちらを先に見に行く。
立ち尽くす多足メダロットと向かい合うかたちとなった。

「無くした右目を呼びつけないでくれ。
彼は涙の跡を見逃しはしない。
われわれが代わりを務めてみせよう。
望遠鏡の瞳を持つ男、このリンヨウに悩みを打ち明けてみたまえ」

「われわれ?」

言われて気づく。右手首に巻いたメダロッチのボタンを押した。

「メダロット転送!」

ジジジジジ

「まだ読んでたのに」

クイスターガードが転送されてくる。
呼びにいくこともできたがつい転送機能を使ってしまう。
便利ではあるが多用しすぎなのかもしれない。

「さて、サソリドックくん」

「ポイズンスコピーです」

「失礼。ポイズンスコピーくん。左腕はまだ動くね?」

「はい。でも長くは・・・手伝っていただけませんか?」

「むろんだとも」

右腕が機能停止しているポイズンスコピー。
その下には崩れた本の山。恐らく無理して持っていたのだろう。
左腕にもほぼ同等の量の本が積まれている。
つまりあちらも長くはないということだ。

「時間との勝負」

「さっそく、始めるとしよう」

われわれは手分けして本を戻し始めた。
手当り次第に入れられる隙間はない。
背表紙と本棚を照らし合わせながら正確な位置に帰らせていく。


時間にして7分弱。最後の本が棚に戻った。

「ありがとうございます。助かりました」

「頭を下げてはならない」

「はい?あ、すみません」

頭からにょきっと生えた攻撃用のツノ部分がクイスターガードをかすめた。
本人は下げかかった頭を上げる。またこのパターンか。
デジャヴを感じながらわれわれは彼を注視した。
動かない右腕。これも見過ごせまい。

「ボクに任せて」

クイスターガードが左の手のひらを彼に当てる。
『右腕パーツ、ダメージ80%。62%。47%。22%。0%。修復完了』
右腕を動かしてみせるポイズンスコピー。
どこにも異常は見受けられない。無事に成功したようだ。

「すごい。回復パーツを装備していたんですね」

「片腕では本が読みづらいだろう」

「重ね重ね、ありがとうござ・・・」

「気持ちはありがたいがそこまでにしてくれないか。また、どこかで」

再び頭を下げかかったポイズンスコピーを残し元の席に戻った。
壁に掛けられた時計を見る。12時前。ここらで移動するとしよう。

「本がない・・・」

クイスターガードがイスの上で気づく。
置きっぱなしにしていたので片付けられてしまったようだ。
もう一度、棚に行き本を手に取って、われわれは貸し出し手続きを済ます。

「今日じゅうに読むぞー」

「活力があってよろしい」

ガー

自動ドアを通ってわれわれは図書館を後にした。


見ない顔のふたり組に助けられた。
こんなこともあるんだな、と思いながらマスターの元に戻ろうとする。
足が動かない。
『脚部パーツ、ダメージ99%。機能停止中です』
まさか、今度は足が。さっきまで動いていたのに・・・。
棚の向こうから他のメダロットの声が聞こえてきた。

「この前さぁ、道で足パーツが動かなくなって困ってたら。
眼帯のにーさんとメダロットに会ってさ」

「ふんふん。それで?」

「回復パーツで足が動くようになったんだけど、腕が動かなくなって。
結局、マスターを呼んだよ」

「なにそれー」

声が遠ざかる。思い出すまでもない。
マスターが見つけやすいように、両腕を突き上げた。

 

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