パラ パラ パラ

「今月分だ」

「へい。確かに」

倉庫の管理人に使用料と口止めを払う。

金にがめついが口は堅い男だ。金さえ出せばバカなマネはしない。

「毎度どうも」

無表情を装ってその場を後にする。それを横目で見やった。

やはり、表情に現れている。自分では気づいていないのだろうか。

何事も隠し通せるのは一時だけだ。自分自身もそう。

あの日の見知らぬ少年を思い出す。

彼は俺を罵倒していた。軽蔑していた。

それがどうしたというのか。俺にとってはどうでもいいことだ。

しかし俺のメダロットはいつもと様子が違っていた。

「マスター、少年を覚えていますか」

「ああ。ヤキが回ったものだな、俺たちも」

あれから別段変わったことは起きていない。

誰かから尾行されることもない。だからこうして同じ場所を使っている。

「お話があります」

シュウはこちらを見つめながら話を続ける。

「もうやめませんか。この生活を」

「お前らしくもない。今さらだな」

「だからこそです。きっかけは私ではありません」

「あいつか」

珍しくよくしゃべる。原因はあの少年か。

「俺は最低だがお前は使われているだけだ。気に病むことはない」

「そういうことではありません」

「いつも言っていることだが」

襟を正して向き直る。今さら話し合うことなどあるはずもない。

「俺がやっていることはルール違反だが、それを承諾した上で奴らは戦いに来ている。

お互いに合意の上だ。来るのは負けてもいいという気構えの金持ちがほとんど。

同じ穴のムジナだ。何をためらう?」

カツカツカツ

「マスター・・・」

カツカツカツカツカツ

倉庫に迫る足音がふたつ。

やがてその主はシャッターを上げて入ってきた。

「あらぁ?間違えたかしら?」

女だ。やけに露出が高い。

隣には少女。かどうかはわからないが、幼い顔立ちの女。

ネコのぬいぐるみを抱えて倉庫の中を見回している。

「話が違うようだが」

「ついでよ。いけない?」

なぜ、いいと判断したのか問い詰めたい所だが。

この手の人間に何を言ってもムダだ。

「2人同時だというなら、パーツを4つ追加しなければ受けるつもりはない」

「ナニソレ。勝手ねー」

「わたし、いいよ」

「決まりね」

少女の言葉でどうやら承諾したらしい。が、話の流れには追いつけない。

この女がこのままで引き下がるとも思えない。

「ただし。あたしらが勝ったらオジサンのティンペットも貰うってことで」

「いいだろう」

やはり。わかりやすい奴だ。

見かけとは裏腹に少女が決定権を持っているらしい。

メダロッチを構えてふたり組は同時に送信コマンドを選択する。

「メダロット転送!」

まばゆい光に包まれて2体のメダロットが姿を現した。

どちらも女形メダロットだ。

「パーツ転送」

バチバチバチ

シュウの左腕が移動強化系のパーツに換装された。

そしてメダルに小さな宝石をはめ込み、背部の装甲を閉じる。

「ちょっとぉ。パーツ交換は許してない」

「しても、いいよ」

「さ、早く始めましょ」

これも承諾されたらしい。説明するまでもなかったようだ。

「来い」

「言われなくても!サーキュリス!」

ガン!

露出女のメダロットがシュウに襲いかかる。

命中した相手に移動機能障害を引き起こす攻撃だ。

『脚部パーツ、ダメージ9%』

「左腕」

「使用しています」

カメ型メダロットは立ち止まり、左腕のパーツで移動力を上げ始める。

背後でネコ型メダロットが飛び上がった。

「ペッパーキャット、やっつけて」

バリッ

『右腕パーツ、ダメージ12%』

電撃攻撃がシュウの盾に命中する。

こちらも足を強制的に止める系統の攻撃だ。

一切の動きを封じてなぶり殺しにするつもりか。

「あっはっは!いい様ねぇ」

ガン!ガン!ガン!ガン!

『脚部パーツ、ダメージ21%。右腕パーツ、ダメージ46%』

「もっと、やって」

バリバリバリバリッ

『左腕パーツ、ダメージ32%。右腕パーツ、ダメージ74%』

「マスター」

「ダメだ」

四方八方から格闘攻撃を受けるシュウを、俺はじっと見つめている。

女の高笑いが倉庫内に乱反射した。

こいつは、時間と場所を考えていないのか?

「弱すぎて飽きたわ。さっさと倒しちゃいなさい!」

「とどめ、いって」

ダッ

ババッ

正面と真上からメダロットが攻撃してくる。全力だ。

俺はシュウに指示を出した。

「もういい」

「わかりました」

ギュン!

走り出し、正面のメダロットに体当たりをしかけるシュウ。

ドゴッ

「はっ?」

「撃て」

密着したまま頭部パーツを発射する。

ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ

『頭部パーツ、ダメージ99%。機能停止』

飛び出すメダル。

接射したからか、シュウの頭部も少しばかり溶けていた。仕方がない。

「発射準備」

「はい。マスター」

ガシッ

落ちてきたネコ型メダロットを掴み頭部と胸部を展開するシュウ。

パーツが痛むのだけが気がかりだった。

「どうし、て」

ジジジジジジジジジジジジジジジジ

『頭部パーツ、ダメージ99%。機能停止』

2発。ちょうど使い切った。

防御パーツを攻撃パーツにしておくべきだったかと今さら思った。


「パーツは全て置いていけ」

「うっ・・・」

「覚えてなさいよぉー!」

騒がしい女と静かな少女は出ていった。

残ったのはティンペットごと置いていかれたパーツ。

メダルはさすがに持っていったようだが。

「やるか」

「またですか」

「仕方ない」

パーツを取り外してティンペット2つを波打ち際まで引きずる。

ティンペットは高価だ。希少な女形ともいえばなおさら。

パーツ程度ならば換金しても煩雑な手続きはいらないがティンペットは別だ。

アシがつくよりは処分する。それがこの世界での暗黙のルールだ。

バシャン バシャン

1つずつ蹴落とした。重りをくくりつけて沈めたが、必要なかったかもしれない。

今まで落としてきたティンペットはひとつも浮かんでこないのだから。

ザッ

足音だ。

慎重に振り返ると、予想通りあの少年がこちらを見ていた。

「なんでそんなことする」

幼い声だ。汚れのない、世に生まれたばかりの赤ん坊のような。

俺はこの声が苦手だった。

「金を稼ぐためだ」

顔を隠しながら言葉を返す。シュウは成り行きを見ているつもりらしい。

「強いのに金のことしか考えてないのか」

少年は息を荒げて問い詰める。

声色を変えず、機械的に言葉を返す。

「そうだ」

「あんたはそれで楽しいのか」

「何?」

つい、声色を変えてしまった。

走り去る少年。あの日のように見逃す俺。

様子を見ていたシュウが話し始めた。

「私は楽しくありません。マスター」

「なら、どこかへ行けばいいだろう。先ほどの少年のように」

「私はあなたのメダロットです。それはできません」

「なぜだ?」

俺は胸に潜めていた疑問を口に出す。

「勝たなければ負ける。人間も、メダロットもそうだ。

さっきの勝負も、奴らより性能のいいパーツを使ったから勝てた」

「違います」

「違うだと?」

こいつはたまに妙なことを言うメダロットだったが、今日は輪をかけておかしい。

「故障でもしたのか?」

「違う、と思います。私に考えがあります」

「言ってみろ」

「マスター、お金を寄付して下さい」

ぎくりとした。

俺は違法ロボトルで稼いだ金の一部を普段から適当にばら撒いていた。

罪を償うためなのか、何なのか、理由は自分自身にもわからない。

つい先日も小学校に僅かばかりの金を寄付したばかりだ。

バレていたのなら仕方がない。口止めも兼ねて、こいつに従うしか道はない。

「いいだろう。いくらだ?」

「持っているお金すべてです」

「バカな」

「聞いて下さい」

口を止められたのは俺のほうだ。

シュウは予想だにしなていなかった話をなおも続ける。

「あなたはお金に取り憑かれている。一度すべてを手放さなければわかりません。

約束して下さい。次のロボトルでアシを洗うと」

ムチャクチャだ。

それなのに、俺はその言葉に逆らえない。

こいつがこれほどまでに真剣に話したのは初めてだったからだ。

それに。

この生活に嫌気がさしていたのは俺も同じだった。

「わかった」

「決まりです」

ガーー ガシャン

シャッターを閉める音が倉庫にむなしく木霊していた。

 

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