商品棚に置かれた色とりどりの陶器。
コップ、お皿。隣には小さなロウソクが積まれている。
「バラの匂いだって。買っちゃおうかなぁ」
気になったわたしは隣にいるイカついメダロットくんに相談してみた。
「スイレンのキャンドルセットをつい先週、買いました」
「そうだったね」
手に取ったロウソクを棚に戻して店を出る。
お小遣い、値上げしてもらうわけにはいかないよなぁ。
「フサシは力持ちだし、工場とかで働けそうだけど」
「私はメダロットです。労働は人と作業機械のおシゴトですよ」
そうなのだ。彼はメダロット。単なる家電製品じゃない。
意思を持つロボット。メダルという現代科学の粋を集めた人工知能を搭載してる。
人と変わらない感情を持ち、考え方も人と同等。
高度なコミュニケーションロボットだから労働は法律で禁止されていると、学校で習った。
わたしは柳浦楯香(ヤギウラジュンカ)。高校三年生。
春から隣町の小さなメダロット研究所で働くことになっている。
メダロット工学への興味は交通事故で亡くなったわたしの父によるところが大きい。
「ジュンカ。そろそろ帰りましょう」
「はぁい」
しぶしぶ彼に従って帰路につく。
彼はフサシ・グランド。何だか偉そうな名前だからフサシと呼んでいる。
父のパートナーだったメダロット。父が亡くなってからはわたしのことをいつも守ってくれている。
「危ない!」
「わっ」
ぽすっ ころん
紙くずが飛んできた。フサシがとっさにかばってくれたようだけど。
「ただの紙じゃない。大げさだなぁ」
「すみません。つい体が勝手に動いてしまって」
フサシに当たって落ちた紙くずを拾ってみる。
「何だろう、これ」
なんとなしに広げてみると数字が書かれてあった。
頭の数字を見るに、電話番号かな。多分。
「あっ」
近くのコンビニが見えた。寄るつもりはなかったけど、併設してある公衆電話に目を奪われる。
「ジュンカ。まさか・・・」
「まーまー。たまにはこういうのもいいんじゃない?」
手元にあるのは知らない電話番号。目の前に公衆電話。
わたしの中にある好奇心は自分が思っているより食欲旺盛らしい。
「また悪いクセが・・・」
首を振りながらもついてくるフサシ。よくわかっていらっしゃる。
一度、興味を抱いたものには首を突っ込みたくなる性分なのだ。
今度も迷わず番号を入力した。好奇心に導かれるままに。
トゥルルル トゥルルルル
コール音。なかなか出ない。
ガチャ
「もしもし」
声を出してみる。知らない番号だ。やっぱり緊張する。
でも、帰ってきたのは陽気な女の人の声だった。
「ご利用ありがとうございます。こちらTRS。『テレフォン・ランダム・サービス』でございます。お名前をどうぞ」
「えっと・・・」
勢いで繋いでしまったものの、本名を名乗るのは危ない気がした。
心配そうに見つめるフサシと目が合う。そうだ。
「フサシです」
「フサシ様ですね。少々お待ち下さい」
待機中。音楽が流れてる。賑やかな音楽。
「お待たせしました。フサシ様へ僭越ながら第一の課題を出させていただきます」
「課題?」
これは予想していなかった。金融サービスとか、そんなのだと思っていたから。
しかも『第一』ってどういうことだろう。
「あの、課題って?なんのことです?」
「申し訳ありません。ご利用は初めてでいらっしゃいましたか。では、ご説明させていただきます」
電話の向こうの女の人は声色を変えることなく話を続けた。
「弊社がお客様にお届けするのは無料のサービスでございます。
公衆電話からおかけいただいた方にのみ弊社が無作為に選択した『課題』をご提供させていただきます。
課題は3つ。1つクリアするごとに成功報告をいただく仕組みになっております。
3つ全てクリアなされるとこの番号は使用不能となります。
また、途中でリタイアする場合も同様に使用不能となりますのでお気を付け下さい。
何かご質問等ありましたらどうぞご遠慮なくお申し付け下さいませ」
頭が困惑する。
メダロットに関する理論発表や高名な博士の論文を読んだ時さえこうはならなかった。
とにかく今、聞いておかなければならない疑問は一つ。
「それってお金がかかるんですか?」
「いいえ。一切無料です。『無料・迅速・無茶』がモットーでございますので」
今、『無茶』って言わなかった?
ますます混乱する。隣で会話を聞いているフサシも似たような状態だ。
「では最初の課題のご説明をさせていただきます。
『自然なもの。不自然なもの。大切なもの』
以上をまとめて最寄りの電話ボックスまでお入れ下さい。ご健闘をお祈りしております。それでは失礼致します」
ガチャ
ツーツーツー
切られちゃった。
「どう思う?」
「どうと言われても・・・」
確かに、むちゃくちゃな電話だった。
色々な疑問は置いておくとして、一番の問題は『第一の課題』だ。
『自然なもの。不自然なもの。大切なもの』
抽象的すぎてとてもじゃないけどわたしひとりでは探せそうにない。
でも。彼と一緒なら。
「フサシ、一緒に探してくれる?」
「いいですとも。それが私のおシゴトですから」
決まり。
受話器を置いて歩き出す。
わたしたちの小さな冒険が、幕を開けた。