ピンポン

居間で宿題をしていると呼び鈴が鳴った。
机の上を拭くニシンが不思議そうにしてる。

「ヤギウラさんはここにいるし、ジクにしては早すぎない?」

心当たりがないからカレンダーを確かめてみる。
今日の日付には『来客:先生』と書いてあった。

「家庭訪問があるの忘れてた!」

消しゴムを置いて玄関に急ぐ。

ガチャ

「こんばんはウロガミくん。
君には必要ないかもしれないが、時間いいかい?」

「は、はい。それなんですけど、今メダロット研究所の人が来てるんです」

「こんばんは。わたしたちはよく訪問させていただいてるので、
トーゴくんのことでしたらいくらかお話しできますよ」

いつの間にかヤギウラさんとフサシが背後に立っていた。
先生は最初びっくりしていたものの名刺を見ると安心してた。
ヤギウラさんじゃなくフサシを見て警戒したのかもしれないと、僕は思った。

「遠い町から来なさってるのですなぁ」

「交通手当が出ますから。このメダロットは共同開発ですので、
先方の研究所ともども力を入れているんです」

すっかり打ち解けてるみたい。話の間にニシンが机を拭き終わった。

「私どももできれば様子を見に来たいのですが、それは窮屈でしょうからね。
生活の様子はどうでしょう?」

「健康そのものです。先生がいらっしゃるまでは宿題もきちんとしていました。
ニシンくんが来てから家事に割く時間が減って余裕ができたようです」

僕がうんうんと頷いてみせると、先生の表情がいっそう柔らかくなる。

「そうですか。それを聞いて安心しました。
ウロガミくんはひとりでがんばろうとするきらいがありますので。
メダロットも捨てたものではないですな」

先生とヤギウラさんの話を聞くだけで、僕は手持ちぶさた。
他のクラスメイトはいつもこんな感じで家庭訪問してるのかな。
毎年、僕と先生が雑談して終わるからこんなことは初めて。

「ところでウロガミくん。中学はどこに進学する予定だい?」

「えっ。中学校!?」

考えてもみなかった。言われてみれば、来年の春には卒業するんだった。
家からはふたつの中学校が同じくらいの距離にある。
どっちも試験のないごく普通の学校だって先生から聞いてる。

「資料を取り寄せておくから、自分で行きたい学校を決めてほしい。
迷ったら遠慮なく先生に相談してくれ」

「はい。ありがとうございます」

「それでは私はこの辺でお暇します。また明日、学校で」

先生はいつも教室から出ていくときのように自然に帰っていった。

「ヤギウラさん。ニシンのデータっていつまで取るの?」

「うん?10月か11月くらいまで取れば十分かな。不都合あったりする?」

「何もないよ。夏休みが終わったら修学旅行があるくらいで・・・」

修学旅行が終わったら、ヤギウラさんもフサシも来なくなるのかな?

「トーゴ、どうしたの?」

玄関でうつむく僕の前にニシンがひょっこり顔を出す。
メダロットは長生きだって友達に聞いたことがある。
ニシンとはずっと一緒にいられるかな。

「ううん、何でもない」

「後でロボトルしよっか!」

「うん!宿題が終わったらね」

ヤギウラさんたちと会えなくなるって決まったわけじゃない。
今は目の前のことを精一杯することにしよう。


家庭訪問から時間が過ぎて夏休みが始まった。
ジリジリ暑い日射しから逃げるように木陰でジクとヤギウラさんを待つ。
ふたりとも遅い・・・。もう約束の時間から30分も過ぎてる。

「うわー!ごめん、間に合わなかったかぁ」

息を切らして先に来たのはヤギウラさん。
肩と足の見える涼しそうな服なのにとても暑そう。

「追加の仕事が入っちゃって、急いで終わらせてきました・・・」

「お疲れさまでした。ジクもまだ来てないから、お茶飲んで待ってよ」

10分くらい、ふたりして木陰で待つ。
いつもの音が聞こえてきて僕は立ち上がる。

ブロロロロロ

「よう、早いなお前ら」

「兄ちゃんが遅れただけだよ」

水色のスクーターを止めて戻ってきたジク兄ちゃん。
今日の髪の色は鮮やかなゴールド。光が反射して眩しい。

「隣町のスタジアムと間違えちまってな!ワリい!」

笑いながら謝る兄ちゃん。
いつもおかしな間違いをする人だから、このくらい気にならない。
遅れる時間が1時間以内に収まったのはこれで初めてかも。

「ジクさん。さっきのスクーターって配達の時も乗ってるような・・・」

「ん?ああ。許可は取ってあるからヘーキヘーキ」

ヤギウラさんが言う通り、いつも乗ってるのに間違いない。
ジク兄ちゃんはバイクに乗る人が着るような上着を着てる。暑くないのかな。
チケットを僕とヤギウラさんに渡すジク兄ちゃん。

「これ、高かったんじゃ?トーゴくんはともかく、わたしはお金出しますって」

困ったようにチケットを見つめるヤギウラさん。
兄ちゃんは手を軽く振ってから入り口に手招きする。

「俺がこんなモン買えるカネあるわけねーだろ!
抽選で当てたんだよ。どーせ余ってたんだから遠慮すんなって!」

僕とヤギウラさんは気抜けしつつも後についていった。


「ミスターあるいはミス観客の方々。本日はロボトルスタジアムにようこそ!
進行は公認レフェリーの私、ミスタータキザワが勤めさせていただきます。
本日のロボトル大会は試作メダロットの披露会も兼ねております。
是非ともお目通しをなさっていって下さい!」

ワアアアアアアアアアアアアアアア

「キーホルダー買っちゃったぜ」

「早っ!」

いつの間にか右隣に座ってた兄ちゃんが売り子に引っかかってた。
左隣にいるヤギウラさんにそれを話そうと振り返る。

「ヤギウラさん、ジク兄ちゃんがもうキーホルダー買って・・・」

「もうそのシリーズの新型が完成してるんですか。ちなみに発売元は・・・」

熱心にメモを取り続けてるヤギウラさん。
売り子のお姉さんと熱を込めて話し合ってるみたい。
ふたりの行動の早さに危機を覚えて立ち上がる。

「え、えっと・・・。ジュース買ってくる!」

僕も何かしたい!
その一心で通路の自動販売機に急いだ。


ピッ ガコン

冷たいトマトジュースを取り出し口から出してサイフをしまう。
それにしてもすごい観客の数。席を忘れないようにしないと。
眩しすぎる照明に照らされながら通路を逆走する。
観客席に入る階段は似たような作りになっていてわかりにくい。

チャリン

「今の、何だろう?」

声じゃない。聞き慣れた音がした。
音に呼ばれるままに通路を進むと、暗い一角に到着する。

「くそぉ!このままで済むと思うなよ!」

誰かが誰かに怒鳴りながら奥に走っていくのが見えた。
怒鳴られたほうは僕に比べて背は高そうだけど、暗くて詳しくはわからない。

「どうしたの?」

声を出して近づいてみる。
その人はびくりとして、振り返ることなく走ってどこかに行ってしまった。
ケンカかもしれない。悪いことしちゃったかな。
それより早く戻らないと、新型メダロットが見れなくなるかも!
僕は急いで自分の席を探した。


「くーっ!DOGはいいシゴトしてるなあ!」

ジク兄ちゃんがステージの方を向きながら興奮気味に言う。
ステージ上でライフル攻撃をしているのはDOG型。
犬型が出るたびに兄ちゃんのテンションが上がる。
そういえばニシンも犬型だっけ。

「最近は射撃型より格闘型が人気なの。でもDOGは別。
ジクさんみたいに熱狂的なファンも多いらしくて」

ヤギウラさんがこっそり教えてくれた。
職業的にいくらでもそんな情報が入ってくるのかもしれない。
それからもときどき説明をしてもらいながらショーロボトルは続いた。

「あれはCAT。女の子にかなり人気。FLW型は本当に試作品みたいね。
まだ機能が不完全。PHX型は若い男性にも人気が出てきてるみたい。
それであれが・・・。驚いた。KBTとKWGの新作?輸入品かも」

ステージには大柄なカブト型と、何本ものソードを光らせるクワガタ型。
見た事ないメダロット。どっちも強そう。

「シブいぜーッ!KBTー!!」

「うるせえ!座ってろ!」

兄ちゃんが他のお客さんに怒られた。
僕も叫びはしないけどステージ上に釘付けになってる。
これから先、あんなメダロットたちが売り出される。
前年度の事件なんかなかったみたいに、
誰もが新型メダロットを心待ちにしてるのが全身にびりびり伝わってきた。


「楽しかったー!」

何時間かぶりに体を自由に動かすと気持ちがいい。
全員で伸びをしてお土産を確認し合う。

「メダロット向けの土産屋があってよかったな!」

ひとりひとつずつ、お楽しみの福引きパーツボックスを手に。
帰ろうとしたときにジク兄ちゃんが僕だけを呼び止めた。

「まだ夏休み続くよな?時間あったら、この場所に行ってみてくれねーか?」

渡されたのは地図と切符代。またどこかに遊びに行く下見?
ヤギウラさんが帰っちゃう前に言えばよかったのに。

「それならみんなで行ったほうが・・・」

「俺たちじゃダメなんだ。無理だったら言ってくれ!」

そう言って兄ちゃんも帰っていった。
いつも通りの変な兄ちゃん。僕は気にせず家に帰る。
言われた言葉の意味を知るのは、まだ先のことだった。

 

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