月が変わった。ニシンが来てから初めての6月。
春の陽気がなくなって気温が高くなってくる。
今夜は明日に控えた運動会のお弁当作り。
コンビニ弁当にする予定だったけど、
それを知ったヤギウラさんに反対されてしまった。
買ってきた材料を台所に置く。
ヤギウラさんとフサシはおかずを。ニシンは溜まってた洗い物を。
僕は朝に卵焼きを作ることになった。

「朝ごはんは作っておいてあげるから、がんばってね」

そう言い残してヤギウラさんとフサシは帰っていった。


翌朝。顔を洗って準備しておいた体操着を着る。

ジュー

教えてもらった通りに卵焼きを焼きながら巻く。
形がいびつになっちゃったな。味は変わりない、はず。
弁当箱に炊いておいて白ごはんと卵焼きを入れて完成。
テーブルに置いてある朝ごはんにはサラダとコーンスープがついていた。
がっつり食べて、進行プログラムが書かれたしおりを持って家を出る。
学校に到着するともうクラスの半数くらいが準備を始めていた。

「みんな早いね」

「今年で最後だからな」

友達と喋りながら僕たちも準備の手伝いに加わる。


「僕たち、私たちは、正々堂々戦うことを誓います」

開会式が終わり、運動場の選手席に座って最初の競技が始まるのを待つ。
プログラムでは僕の出る種目はずっと先。
校門の前には先生にかわってセレクト隊の人たちがいる。
学校を狙ったメダロット犯罪が増えているって開会式のときに言ってた。
でも、本当の理由はそれじゃない。

「父さん、ちゃんと見張っててよ」

「任せとけ。お前たちは競技に集中しなさい」

クラスメイトがセレクト隊員に話しかける。
自分の子供を守るために、いっそう厳重な警備になったのかもしれない。

「最初の種目が始まります。選手の皆さんはスタート前に集合して下さい」

大きな声で放送が流れる。小学生最後の運動会が始まった。


前の競技が終わるのを待ちながら集合場所に到着。
友達と二人一組になって列に並ぶ。
大玉転がしは身長よりずっと大きな玉を転がす競技。
この日のためにニシンと一緒に練習したんだ。きっと勝ってみせる!

「では位置について。よーい、ドン!」

パーン

破裂音でみんな一斉に走り出す。
大きな球を押して押して、折り返し地点まで突っ走る。
置かれたコーンを回ってまた一直線。
次の人たちに渡して交代。やった。今のところ一番だ!
2番手が折り返し、3番手が走る。
開いていた距離がだんだん縮まってきた。

「がんばれ!あと少し!」

思わず応援に力が入る。ゴールに飛び込んだのは僕らのクラス。

「やった!」

喜びも束の間、大玉だけが僕に向かって転がってくるのが見えた。


「いててて・・・」

保健室の先生が頬と肘に湿布を貼ってくれた。転んだだけで済んでよかった。
お昼ごはんを保健室で食べるはめになってしまった。
甘すぎる卵焼き以外はとてもおいしくて元気が出る。
運動場に戻ると、もう次はクラス対抗リレーの準備中。
僕が出る最後の種目。急いで集合場所に向かう。

「お、トーゴが戻ってきたぞ」

「ケガは平気か?」

「これくらいどうってことないよ」

クラスから10人がスタートライン前に集まってる。
足の速さには自信がないけど、これはチーム戦。
全力を出し切ろう。

「それでは位置について。よーいドン!」

パーン

外側のコースを僕らのクラスの走者が走る。
1人目、2人目の順位は3位。差はほとんどない。
5人目で順位を落としたけど7人目、8人目でごぼう抜き。
2位になって9人目にバトンが渡った。

「ようし」

スタートラインに立って走者を待つ。
コースを半周回ったころ、最下位の走者がものすごい速さで順位を上げ始めた。
一気に3位。3位と2位には大きな差があるのにぜんぜん安心できない。

「頼むトーゴ!」

「任せて!」

パシッ

バトンを受け取って脇目も振らずに走る!
前にいる1位の走者は僕より足が遅いのか、少しずつ距離が縮まっていく。
半周を越えた。もうすぐ1位の人に手が届く。残り3分の1。

「逆転できるぞー!走れ走れー!」

逆転・・・。まさか、3位の走者が追い上げてきてる!?
あと少しなのに!

「逃げ切れー!いけるぞー!」

「追い抜かせー!」

「トーゴォ!負けんなー!」

誰もが思い思いに応援してる。
みんなが繋いできたバトンをゴールまで届けたい。
それ以外は何も考えられなくなってる。

「ゴール!」

銃声は聞こえなかった。


「わ、汗だくで砂だらけ。早くお風呂に入りなよ」

家に帰るなりお風呂に追いやられちゃった。
終わった後も遅くまで残ってたからもう夕方。
いつもより早く体を洗ってからニシンに運動会のことを話した。

「特にリレーはアンカーでね、ギリギリの戦いだったんだよ」

「トーゴがアンカーかぁ。順位はどうだったの?」

「いやー、リレーは1位だったんだけどクラス順位は2位止まり」

「惜しかったね」

「うん。でも楽しかった」

準優勝のお祝いに今日はプリンを買いに行こう。
ニシンはプリンが食べられないから、
こっそり安めのパーツをひとつ買ってあげることにした。

「ニシン、プリン買ってきてくれない?」

「トーゴは疲れてるからなぁ。今日だけだぞー」

・・・行ったかな?今のうちに僕も行こう。
ニシン、喜んでくれるといいな。

 

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